ヒストリー・オブ・上北沢HAUS~第一章~
- 2016/04/25
- 16:05
世田谷区上北沢3丁目、京王線「上北沢」駅徒歩3分、「桜上水」駅徒歩8分
2009年6月に竣工した、もうすぐ築7年になりますコーポラティブハウスの「上北沢HAUS」ですが、
入居者のご事情にて、この度売却をする事になりました。
物件概要等は弊社のオフィシャルサイトに掲載しておりますが、
本ブログではその「上北沢HAUS」のヒストリー的な内容をつらつらと書いてみたいと思います。
上北沢HAUSの計画はちょうど今から10年位前になります。
私がタウン・クリエイションでコーポラティブハウスの仕事をする事になり、
初めてメインに担当をする事になりました思い入れのあるプロジェクトです。
(あーぁ、歳を取ったなぁ~と当時の写真を見るとつくづく思う次第です…。)
最初に上北沢駅を降りた際に感じた印象は、
ずいぶんとローカルな雰囲気だなぁと、駅前にある商店も、何だかゆったりとした時間が流れている気がしました。

商店街の入り口の垂れ幕と言って良いのでしょうか、
そこには”かみきたホイ”
かみきたホイとは何ぞや?とその日会社に戻るまで頭の中のモヤモヤがおさまらなかった事を、
つい昨日の様に思い出します。

ですが、駅を降りてすぐの踏切から見える桜並木に向かいますと、
「かみきたホイ」のモヤモヤ感は一瞬どこかに吹き飛んでしまう程、見事な景観に心を奪われました。
桜の季節にはお祭りで、出店も出て賑やかになるのですが、
信用金庫の横にある駐車場で青空カラオケ大会をやっていたのが印象的でした。

計画地に以前あった建物の一つは、動物病院でした。
奥に広い敷地がありますので、正面から見るとまるで全容が分かりませんが、
当初はこの建物とアパートと戸建がありました。

これは敷地の奥の戸建の庭です。
今では当たり前ですが、全く想像もつかない風景です。
右端に見える後ろ姿、この方は建物を設計した設計事務所の所長です。

これは昔の建物があった通路の写真(ここにも奥に設計事務所の所長が写っています)
次の写真は現在の様子です。ビフォーアフターですね。
今は左手に見えます植栽のレッドロビンが、すっきりとした建物と絶妙な色合いを見せてくれています。

そして、ここから(仮称)コーポラティブハウス上北沢プロジェクトが始動していく訳であります。
それまでも分譲マンションの仕事をしておりましたので、
不動産の経験はありましたが、
このコーポラティブハウスという風変わりな企画に関しては未知数な部分が多く、
色々と計画の準備に四苦八苦していました。

これは当日コーポラティブハウスの参加者を募集する説明会で使用した建築模型です。

懐かしいです。これを募集前には図面と照らし合わせながら死ぬほど(大袈裟です)眺めました。
今もこの模型は設計事務所に保管されていると思いますが、
恐らく埃やたばこのヤニだらけで薄汚れて黄ばんでしまっています・・・。
参加者募集の説明会は上北沢駅から歩いて1分弱、計画地にもすぐ近くの松沢資料館という建物で行いました。

松沢幼稚園も同じ敷地内に併設されておりまして、外観もコンクリート打ち放しの素敵な建物です。

パティオの様な空間がありまして、準備の合間などにはここで休憩を取りました。
この松沢資料館との付き合いは長く、その後に隣駅の八幡山でもコーポラティブハウスの募集を行い、
その募集説明会や懇親会、総会等でも利用させていただきました。

参加者募集の合同説明会は当時おかげさまで盛況となり、
初めてのメイン担当の仕事がいよいよスタートする訳であります。
ヒストリー・オブ・上北沢HAUS~第二章~へと続く・・・
2009年6月に竣工した、もうすぐ築7年になりますコーポラティブハウスの「上北沢HAUS」ですが、
入居者のご事情にて、この度売却をする事になりました。
物件概要等は弊社のオフィシャルサイトに掲載しておりますが、
本ブログではその「上北沢HAUS」のヒストリー的な内容をつらつらと書いてみたいと思います。
上北沢HAUSの計画はちょうど今から10年位前になります。
私がタウン・クリエイションでコーポラティブハウスの仕事をする事になり、
初めてメインに担当をする事になりました思い入れのあるプロジェクトです。
(あーぁ、歳を取ったなぁ~と当時の写真を見るとつくづく思う次第です…。)
最初に上北沢駅を降りた際に感じた印象は、
ずいぶんとローカルな雰囲気だなぁと、駅前にある商店も、何だかゆったりとした時間が流れている気がしました。

商店街の入り口の垂れ幕と言って良いのでしょうか、
そこには”かみきたホイ”
かみきたホイとは何ぞや?とその日会社に戻るまで頭の中のモヤモヤがおさまらなかった事を、
つい昨日の様に思い出します。

ですが、駅を降りてすぐの踏切から見える桜並木に向かいますと、
「かみきたホイ」のモヤモヤ感は一瞬どこかに吹き飛んでしまう程、見事な景観に心を奪われました。
桜の季節にはお祭りで、出店も出て賑やかになるのですが、
信用金庫の横にある駐車場で青空カラオケ大会をやっていたのが印象的でした。

計画地に以前あった建物の一つは、動物病院でした。
奥に広い敷地がありますので、正面から見るとまるで全容が分かりませんが、
当初はこの建物とアパートと戸建がありました。

これは敷地の奥の戸建の庭です。
今では当たり前ですが、全く想像もつかない風景です。
右端に見える後ろ姿、この方は建物を設計した設計事務所の所長です。

これは昔の建物があった通路の写真(ここにも奥に設計事務所の所長が写っています)
次の写真は現在の様子です。ビフォーアフターですね。
今は左手に見えます植栽のレッドロビンが、すっきりとした建物と絶妙な色合いを見せてくれています。

そして、ここから(仮称)コーポラティブハウス上北沢プロジェクトが始動していく訳であります。
それまでも分譲マンションの仕事をしておりましたので、
不動産の経験はありましたが、
このコーポラティブハウスという風変わりな企画に関しては未知数な部分が多く、
色々と計画の準備に四苦八苦していました。

これは当日コーポラティブハウスの参加者を募集する説明会で使用した建築模型です。

懐かしいです。これを募集前には図面と照らし合わせながら死ぬほど(大袈裟です)眺めました。
今もこの模型は設計事務所に保管されていると思いますが、
恐らく埃やたばこのヤニだらけで薄汚れて黄ばんでしまっています・・・。
参加者募集の説明会は上北沢駅から歩いて1分弱、計画地にもすぐ近くの松沢資料館という建物で行いました。

松沢幼稚園も同じ敷地内に併設されておりまして、外観もコンクリート打ち放しの素敵な建物です。

パティオの様な空間がありまして、準備の合間などにはここで休憩を取りました。
この松沢資料館との付き合いは長く、その後に隣駅の八幡山でもコーポラティブハウスの募集を行い、
その募集説明会や懇親会、総会等でも利用させていただきました。

参加者募集の合同説明会は当時おかげさまで盛況となり、
初めてのメイン担当の仕事がいよいよスタートする訳であります。
ヒストリー・オブ・上北沢HAUS~第二章~へと続く・・・